漂遊する脳髄

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身に覚えが、ございます。

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〈 蒲団より片手を出して苦しみを表現しておれば母に踏まれつ 〉


これは花山周子という歌人の短歌で、昭和55年生まれの若手、
武蔵野美術大学油絵科を卒業した方だそうである。

そして上記の短歌は19日付東京新聞の夕刊の「短歌月評」の欄に
紹介されていたうちの一つである。


・・・うん、あるある、こーゆう感じ。
自分はとってもシリアスモードなのに、それを裏切るかのように
コミカルな災難が降りかかり・・・みたいな。
世の中そんなもんなのか~・・・(?)


今日は映画『スカイ・クロラ』を観てきた。
押井守監督の最新アニメーションである。

いつもながら、CGの緻密さ美しさには圧倒される。
特に今回は戦闘機乗りが主人公だから、空の映像が素晴らしく、
子供の頃『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』を観ながら味わった
疾走感を思い出した。
(あの頃は空を飛ぶ空想ばかりしていたものだ。)
(更に、先日の旅行で飛行機に乗ったものの座席運に恵まれず、
雲海を眺められなかったけれど、この映画で雰囲気を味わうこともできた。)

主人公達は“キルドレ”といって子供のまま生き続ける者達である。
生き続ける、というのは、人為的要因あるいは事故などの災難が無い限り
年をとらずに生き続ける、という意味なのだが。

戦闘機乗りのキルドレ達は、同じような“明日死ぬかもしれない”毎日を
夢の中にいるようなボンヤリとした意識の中で生きている(らしい)。
それがどんな感じなのか想像してみるのだが・・・
戦闘の瞬間を刹那的に生きて、その瞬間を生き続けているようなものなのかも
しれないけれど、過去の記憶がはっきりしないという状態は、現在の意識さえも
鈍磨させはしないのだろうか?

「永遠を生きる者は、その苦しみから解放される為に記憶を消さざるを得ない」
という設定は今までも色々な作品で用いられていると思うが、
そして私も特にこだわりなく受け流していたのだが、改めて想像してみると、
「現在」のみをいつまでも正常な意識で生き続けられるとは到底思えない。
怖ろしい状態ではある。

まぁ、キルドレにしろ何にしろ、永遠の命を持ってるのは人間じゃないから
諸々の条件が違うのだろうけど。
人間の脆弱さじゃ無理だ~。


ところで、自分の中でYouTubeブームの波があるらしい。
しばらくポツポツとしか見ていなかったのが、また急に熱心に
YouTubeサーフィンするようになる(^_^;)

どうもCMでもMVでも、色々な人の顔が出てくるものは
気になるようだ。
いま気に入っているのはPlaceboの「Running up that hill」で、
なんとなくドラマチックな曲だと思っていたら、もしかして元は
Kate Bushの歌?
それならなんとなく納得できたり。。。


●Placebo - Running up that hill●
http://jp.youtube.com/watch?v=zKkaLM9NcSo&feature=related

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Running up that hill

これも随分ドラマチックなアレンジです~♪

●Within Temptation 版 ●
http://jp.youtube.com/watch?v=Ch6drdkHQKA

aya | URL | 2008年08月20日(Wed)21:13 [EDIT]


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