漂遊する脳髄

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うるう年に・・・

20120229.jpg

春の雪@東京。
思いのほか降りましたね・・・寒かったー(>_<)

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『ペンギン・ハイウェイ』

penguin.jpg

『ペンギン・ハイウェイ』 森見登美彦

この著者の作品が好きで以前からある程度読んではいるのですが、
この作品は珍しく京都が舞台ではなく、ヘタレな大学生が主人公でもない(笑)

Amazonの内容紹介には、

”小学四年生のぼくが住む郊外の町に突然ペンギンたちが現れた。
この事件に歯科医院のお姉さんの不思議な力が関わっていることを知ったぼくは、
その謎を研究することにした。
未知と出会うことの驚きに満ちた長編小説”

とある。

まず主人公の「ぼく」は、
”たいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強する”子であり、
”将来はきっとえらい人間になるだろう”と信じている。
かと言ってガリ勉タイプの鼻持ちならない嫌な奴などではなく、
友人の勝っているところは素直に賞賛し、
”他人に負けるのは恥ずかしいことではないが、昨日の自分に負けるのは
恥ずかしいことだ”と考え、一日一日世界について詳しくなって
立派な大人にならんと邁進している子である。
そして小学生になってから泣かないことにしている。

どこか郊外の街に一家で住む「ぼく」の目を通して、物語は丁寧に
その日常を紡いでいく。
ペンギンの出没を始めとして時々不思議なことが起こるものの、
人々の日常が一変するほどではなく、「子供たちの不思議な
ひと夏」といったファンタジックな色合いで物語りはゆるやかに
流れていく。
それが中盤くらいまで・・・かな?

歯科医院に勤めているお姉さんの存在も謎めいているのだけれど、
やはり途中までは”少年から見た大人の女性の謎(神秘性?)”的な
印象がある。

それが中盤からどんどん躍動感を増して、「どうやって収拾をつけるのか?!」
と思わせる怒濤のクライマックス。

・・・ええ、うまく説明できないんですけど、
おもしろいんですってば。

この哲学的な小学生は、大島弓子の『夏の夜の貘』に出てくる小学生を
ちょっと思い出させる。
(彼は精神年齢が大人くらい高い)

そして個人的に好きだったキーワードが
「カンブリア紀の海」

「世界の果て」。

どちらも「ぼく」が時々思いを馳せるものなのだけれど、
「カンブリア紀の海」で私が思い出す(というか想像する)のは
『銀河鉄道の夜』に出てくるプリオシン海岸だった。
もっともあれは第三紀なので、カンブリア紀のほうがもっとずっと
昔ですね。。
でもねー、プリオシン海岸好きだったのよー(^_^;)

「世界の果て」については、「ぼく」は友達のウチダ君や父親と
それがどんなふうであるか語り合い、父親とドライブに出掛けて
見知らぬ街を車でどんどん走っている時などには「世界の果て」に
着いてしまいそうだと考えたりする。

ウチダ君が「ぼく」に、「世界の果て」はどんな場所だろうと
尋ねる場面がある。
「ぼく」は答える。

「分からない。でも、きっと何もなくてがらんとした場所なんだ。
それで、世界の果てを観測する小さな研究所がある。そこから先にはだれもいけない。
ぼくはそういうふうに想像する」
「こわいところだね」
「ぼくはあんまりこわいとは思わないな。
そういうところにいってみたいんだ」


見たい気持ち、わかります(笑)
個人的には、”地球の周りに宇宙があって、その宇宙はどんどん外側に
広がっている”と言われても、想像するとこの小学生のように
頭がキーンとして終わってしまう(^_^;)

そういえば以前見た映画で、『13F』という作品だったと思うのだけれど、
現実だと思っていたのが実は仮想空間で、その「世界の果て」に着いた
登場人物が呆然としているシーンがあったっけ。
宇宙のどこかにはあんな”果て”があったりして・・・。

また、「ぼく」の父親はある時「ぼく」に言う。

父はまじめな顔で言った。「世界の果ては遠くない」
「そうかな?」
「そうとも。世界の果ては外側にばかりあるものではないと父さんは考える。
『ワームホール』もそうじゃないのかな?おまえと父さんの間にあるこの
テーブルの上に、じつはワームホールが出現しているかもしれない。
それは本当に一瞬のことだから、私たちには見えないだけかもしれないじゃないか」
 ぼくはコーヒーカップを見た。そしてそのとなりに、べつの宇宙への入口が
開いたり閉じたりしている様子を想像した。それが本当だとしたらおもしろい。
「世界の果ては折りたたまれて、世界の内側にもぐりこんでいる」
父はふしぎなことを言った。



世界の果ては折りたたまれて、世界の内側に
もぐりこんでいる!!!?


なんつう名言!(T_T)


・・・とまぁ、いろいろと好きな場面があるのですが、全編を通して
物語りを淡く包んでいる「ぼく」の「お姉さん」への想いは、
ラストにおいても柔らかく温かい光のように辺りを照らし、希望的な
未来を感じさせる。

いじらしいっていいなぁ!
(長々と書いたオチがそれか?)



追記:
この作品は単行本化に際して大幅に加筆を行ったそうで、
連載時の物語も気になるところです。。

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風邪ひき日記

先週の初めくらいから風邪をひき、自主的自宅軟禁状態。
友人との約束もドタキャンするなど色々と御迷惑をお掛けしております(T_T)
せめてもの救いはインフルエンザでなかったことくらいでしょうか。。

そんなわけで外出もままならず、体力を使うこともできず、
よしんば風邪でなかったとしても暢気に外出している場合ではない私は、
最近気分転換を兼ねて刺繍を始めました。
制作の合間に、刺繍。
どんだけ眼を酷使すれば気が済むんでしょう。

しかし、始めてみると意外に面白かったりします。
個人的に新たな発見だと思ったのは、刺繍のアウトライン・ステッチを
する時の感覚が、AdobeのIllustratorでベジェ曲線を描く時のそれに
似ていること!
どこがどう、、、と説明はしにくいのですが、なんというか、
”アタリをつける”感じが似ているのかなぁ・・・。
おかげで以前刺繍に挑戦した時よりは上達したように思います。
(個人的に思うだけですが。)
ただ、ベジェ曲線は未だに苦手です。

もうひとつ、これは昔からやっていることではあるのですが、
なるべく頻繁に写真などを模写しています。
本当は本物をデッサンしたりクロッキーを描いたりしたほうが良いのは
分かるのですが、写真相手だと気楽なもので。。
小心者なんです;

で、やはり昔から気付いてはいたのですが、ワタクシ無駄な線が
多いのですよね。迷い線というのか・・・。
模写でなく自分で描いたものでさえ、線が二重にも三重にもそれ以上にも
なっていたりして、清書する時にどれが正しい線なのか自分でも
分からないなんてこと、よくあります;
まぁきちんと消しゴムをかけてないせいもあるかもしれないですが。。

それをちょっと直したくて、模写対象をよく見てなるべく簡潔な線で
形を捉えられるように練習しています。
そしてつくづく思ったのは、

私は長くて20分くらいしか集中力が持続しない

ってこと。

そのくらいの時間までは、消しゴムを使わずに結構ちゃんと描けるのです。
でも、その境を越えるやいなや、線はいつものグダグダに・・・。
「これだけ線がありゃーどれか1本くらいあってるだろー」
てなもんです。

そうか、集中力か。
集中力の問題なのか。

人間の平均的な持続時間はどのくらいなのでしょうね。
とほほほ。

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